【今年度の教会目標】 『祈る教会』57

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【今年度の教会目標】 『祈る教会』57


【今年度の教会目標】 『祈る教会』57   (3月10日 夕祈祷会から)

「キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、
あなたがたの信仰も無駄です。」
(第一コリント15:14)


パウロは、すべての希望を復活されたキリストにかけています。

言い換えれば、十字架で死なれたキリストが今も生きておられるから、


「今日のわたしがあるのです。」
(第一コリント15:10)

彼は、「罪人の中で最たる者」です。
(第一テモテ1:15)

そのような者が、キリストにすべての望みをかけずに、確信をもって祈ることはできません。


「だれがわたしたちを罪に定めることができましょう。
死んだ方、否、むしろ、復活させられた方であるキリスト・イエスが、神の右に座っていて、
わたしたちのために執り成してくださるのです。」
(ローマ8:34)

 
また、彼はキリストに敵対する者でした。

しかし、今日、キリストはそのような者に味方してくださいます。

だから、いろいろな試練に耐えます。


「だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。
艱難か。
苦しみか。
迫害か。
飢えか。
裸か。
危険か。
剣か。」
(ローマ8:35) 

 
このようにキリストに望みをかけて、その魂が神に対して生き始めた人々にとって、

最後の試練である死さえも、希望の中にあります。


「死は勝利にのみ込まれた。
死よ、お前の勝利はどこにあるのか。
死よ、お前のとげはどこにあるのか。
・・・わたしたちの主イエス・キリストによってわたしたちに勝利を賜る神に、感謝しよう。」
(第一コリント15:54~57)


今日、キリストがわたしたちと共におられないのなら、祈るのも、試練に耐えるのもむなしいことです。


「キリストが復活しなかったのなら、
わたしたちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です。」